井上康生がフランス国際柔道大会を終えて | 男に女に内股の一本勝ち 井上康生
北京五輪の代表選考資料となる柔道のフランス国際で5位に終わり、去就が注目される男子100キロ超級の井上康生(綜合警備保障)が、パリ市内での国際合宿で練習を再開。12日の練習後、「気持ちを切り替えて、次の試合を迎えたい」と話し、五輪に望みをつなぐため、3月2日の全日本選手権関東予選に出場する意向を表明した。
敗戦から一夜明けた11日は合宿に参加したものの「漠然と練習していた」「気持ちの切り替えがあまりできていない」と心境を吐露した。12日も表情には重苦しさを漂わせたが、「次は日本人との対戦になるので、(戦略を)考えなければいけない」とキッパリ。無差別級世界王者の棟田康幸(警視庁)らと直接対決する4月の全日本選抜体重別選手権、全日本選手権に向けて、仕切り直す意思を口にした。
フランス国際をパリの会場で観戦した妻の亜希さんとも去就について話し合った。「自分の素直な気持ちを伝え、アドバイスをもらった」といい、父の明さんからは全日本選手権まで望みを捨てないよう諭されたという。
逆転での五輪出場に望みをつなぐことを明らかにした井上について、男子の斉藤仁監督は「五輪という目標はぶれていない。本人の意思を尊重したい」と話した。
柔道・井上、五輪に向け「気持ち切り替え」(ウェブ魚拓)2008年2月12日
なんかやばいというレベルじゃないですね。
わかってるけど男なら負けるとわかっていても戦わねばならない時があるみたいな感じ。
そんな状態なのに、テレビのインタビューで井上康生の泣いてる姿を見て、泣き顔もかわいいなぁと思ってしまった自分が憎い。
だからといって、なんかできるわけでもないし、見続けるしかないですね。
北京切符を逃せば、引退−。10日の柔道フランス国際最終日で、準決勝で敗れた男子100キロ超級の井上康生(29)=綜合警備保障=は3位決定戦にも敗れて5位に終わり、号泣した。し烈な同級代表争いでの痛恨のV逸に、師匠でもある父・明さん(60)は今夏の北京五輪代表を逃せば引退との悲壮な決意を示唆。憔悴しきった康生に残された、再起への時間は少ない。
立ち上がれない。北京へつながる2連覇への挑戦は、5位に沈んだ。サブ道場に座り込んだ井上は、すっぽりとタオルをかぶった。繰り返される自責と、流れ落ちる涙。10分間、ピクリとも動かずに現実と向かい合った。失意の息子に、父・明さんは言葉を選びながら、重大な決意をほのめかした。
「(五輪へは)一段と厳しい条件になったという表現に、留めさせてください。あきらめだけは持つなと言いたい。全日本選手権を最後に、という思いを(もう一度)持ってほしい」
今回の欧州遠征でたった一度の出場機会で、3位決定戦でも勝てなかった。代表が決まる4月29日の全日本選手権まで希望の灯火を消すつもりはないが、もし代表の座を逃したら...。柔道の師匠でもある父の「最後」という言葉の重みが、ズシリと響く。4月の全日本選抜体重別、全日本選手権は、まさに引退覚悟の背水の陣となる。
「北京に向けて、赤信号になった。自分の柔道を出せていない。(気持ちは燃えても)体が動いてくれなかった。大きいものを感じています」
康生は、消え入るような声を絞り出した。準決勝では昨年の世界選手権で返し技を食ったテディ・リネール(フランス)に、延長で効果を奪われ、雪辱はならず。3位決定戦でも一本負け。積極的に足技を使ったが、技を掛けきれない。自らが感じた体と気持ちの違和感だった。
昨年のフランス国際には優勝したが、その後は5大会連続の敗戦。ライバル棟田康幸(警視庁)、石井慧(国士大)にも見劣りする現状に、昨年の世界選手権後、斉藤仁監督は北京五輪に向けて「100キロ級に戻るのも勇気ある決断だ」と打診したが、アテネ五輪後に自身が選択した道を、曲げなかった。
「周りで支えてくれたり、励ましてくれたけど、それに応えられない自分が悔しい...」
1月に入籍し、スタンドから祈るように見つめた夫人の亜希さん(25)の支えを思うと、再び嗚咽(おえつ)が漏れた。入籍前、夫人に告げた「今年1年だけは、戦う年にさせてくれ」という決意。柔道人生をかけた不退転の2カ月半で、完全燃焼する。
★康生に聞く
−−準決勝で敗れて5位
「自分の柔道のレベルは、これぐらいなんだと思う」−−準決勝のリネールとの試合は
「流れ的にも、組み手争いをしていましたし、一瞬のスキを狙っていた部分もありました」−−効果を奪われた最後の場面、背負い投げにいったのは
「スペースがあったので...。(左の)引き手が切れてしまいました」−−準々決勝からアテネ五輪、世界選手権で敗れた相手が続く、組み合わせだった
「(闘志を)燃やした部分もあったんですけど、体が動いてくれなかった」−−昨年の世界選手権から、世界の柔道への対応が難しくなっている
「今は、世界でやる次元じゃないんで...。結果が出なかったことが残念。リネール選手に対して研究してやれた部分はありましたけど、全体を通して、自分の柔道を出せませんでした」−−五輪代表へ、4月の全日本選手権は正念場
「今は、うまく考えられない」◆全日本男子の斉藤仁監督
「内またにこだわるなと言っていたんだけど、試合になると内またから入ってしまうんだよね。だから、ほとんどつぶれている。イメージと体がアンバランス。康生がポツリと本音を出した、その通りだと思う」
■シドニー五輪後、康生の苦闘
★惨敗...01年、03年と世界選手権を連覇したが、五輪連覇を狙ったアテネ五輪は4回戦、敗者復活戦と生涯初の「1日2度の一本負け」で惨敗した
★大けが...05年1月の嘉納杯は優勝したが、決勝で右大胸筋を断裂。全治6カ月の重傷で右肩にメスを入れ、世界選手権を断念
★悲しみ...同年6月には長兄・将明さん(享年32)が心臓病で死去
★低迷...06年6月の全日本実業団対抗で復帰し、11月の講道館杯、07年2月のフランス国際で連勝したが、同年4月の選抜体重別、全日本選手権はともに準決勝敗退。世界選手権も2回戦で敗れ、12月の嘉納杯も決勝で石井慧に敗れるなど、丸1年間、個人戦の優勝から遠ざかっている
■北京への道
06年6月から4月までの世界選手権、アジア大会、アジア選手権のうち、1大会でも出場することがアジア連盟が定めた五輪出場条件。康生は昨年9月の世界選手権出場で条件を満たし、5位で五輪出場枠を獲得した。五輪代表選考は今春の欧州遠征、4月の全日本選抜体重別選手権、同月の全日本選手権の結果を受けて決定する。全日本選手権は前年度決勝進出者以外に優先出場権がなく、3月2日に関東予選(相模原)がある。ライバルは07年世界選手権金メダルの棟田、06年全日本選手権優勝の石井で、康生は日本での2大会で優勝しないと代表入りは厳しい。
【柔道】康生引退ピンチ...フランス国際5位「五輪赤信号」(ウェブ魚拓)2008年2月12日
「エースをねらえ!ファイナルステージ」のお蝶夫人の悲しみみたいな感じですよね。
(原作の漫画とは結末が違います。)
今まで覚えた体に染み付いた自分の柔道を否定される若手の新しい柔道のような。
でも井上康生は不調の最初の原因が怪我→体重増やしてスピード減とかだから違うかな。
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