井上康生が全日本選抜体重別選手権を内股で優勝 | 男に女に内股の一本勝ち 井上康生

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柔道の全日本選抜体重別選手権最終日は6日、福岡国際センターで行われ、男子100キロ超級で井上康生(綜合警備保障)が優勝した。女子48キロ級で五輪3連覇を目指している谷亮子(トヨタ自動車)は決勝で山岸絵美(三井住友海上)に敗れた。
井上は準決勝で昨年の世界選手権無差別級王者、棟田康幸(警視庁)に優勢勝ち、決勝では生田秀和(綜合警備保障)に勝った。シドニー五輪男子100キロ級で金メダルを獲得したが、アテネ五輪で惨敗するなど不振が続いていた。29日の全日本選手権で北京五輪出場権獲得に挑む。

井上康生が優勝、北京に望み 谷亮子は決勝で敗れる 柔道全日本選抜体重別ウェブ魚拓)2008年4月6日

全日本選抜体重別選手権で井上康生が優勝しました。それもきれいな内股で。
素人目から見て、きれいに入りすぎて映画一場面を見ていたみたいでした。

<柔道:全日本選抜体重別選手権>◇最終日◇6日◇福岡国際センター◇男子100キロ超級

柔道男子100キロ超級の井上康生(29=綜合警備保障)が優勝を飾り、逆転での北京五輪代表へ望みをつないだ。準決勝で代表最有力の棟田康幸(27)に優勢勝ちし、決勝でも生田秀和(29)を破って4年ぶり4度目の優勝。同級の国内最終選考会となる全日本選手権(29日、日本武道館)で逆転代表を狙う。

流れ出る涙をこらえることができなかった。優勝インタビューの言葉が詰まった。北京五輪代表へ可能性をつなぐ優勝。井上は「最後まであきらめず努力し続けて、結果が出てうれしい。北京? 最後まであきらめず、いい結果が得られるように頑張ります」と力強く言い切った。

代表最有力の棟田との準決勝が最大のヤマ場だった。02年全日本選手権以来、6年ぶりの対戦に「なかなかいない体形で力強い。勢いもある」と警戒したが、序盤に相手への指導で効果を取って流れをつかみ、中盤には豪快な内またで棟田の体を一瞬、浮かせた。最後までペースを奪われずに優勢勝ちし、決勝の生田戦はわずか1分28秒、得意の内またで1本勝ちした。

家族の団結力の勝利だった。急性腸炎で体調不良の体を押して来場した父明さんは、観客席で観戦していたこれまでとは違い、畳に近い場所で指示を送った。「最後の福岡での試合なので、康生の姿をまぶたに焼き付けたかった。(北京も)0・01%でも可能性があるなら、奇跡を信じて頑張って欲しい」と話した。食事面で井上を支え続けた亜希夫人も観客席で感極まり涙した。本人はノーコメントだったが「一番苦しかっただろうけど応援してくれた妻に感謝したい」と井上は感謝の言葉を贈った。

代表争いの状況は依然として厳しいが、準決勝で棟田に苦戦しながらも勝利したことは大きなアピールだ。明さんが決勝前に一言「集中力を切らすな」と声をかけた際に「一言だけでよかったのは、康生から鋭い視線が返ってきたから。最近にはない目だった」と振り返った。五輪代表が絶望的な状況になり、日本柔道の看板を背負う重圧から解放され、精神的に開き直れたこともプラスに働く。

男子代表の斉藤監督は「今回の優勝で康生の代表の可能性はつながった」と評した。「収穫は次につながったということ。これから全日本に向けて対戦する選手を研究していく。涙? 我慢したんですけど...本当にうれしくていろいろな気持ちがこみ上げてきた」。引退を賭した29日の全日本選手権。奇跡を起こし、再び歓喜の涙を流す。

康生Vで残った五輪へ望み/柔道ウェブ魚拓)2008年4月7日

柔道男子100キロ超級の井上康生(綜合警備保障)が全日本選抜体重別選手権優勝から一夜明けた7日、福岡市内で会見を行った。「1日たってうれしさは出てきた。目が覚めたら体中が痛かった。(友人から)メールが多く届きましたけど、多くの意見は泣きすぎだというものでした」と笑顔で話した。

北京五輪代表へのわずかな可能性をかけて挑む全日本選手権(29日、日本武道館)へ向けては「もう1つと思っている。思い切りいくだけです」と意欲的に話した。

V康生に「泣きすぎだ」のメール多数ウェブ魚拓)2008年4月7日

終了後の記者会見で大泣きでしたね。負けて泣き、勝って泣き。
俺は泣き顔見れるの嬉しいからいいけど。

一試合ずつが引退へのカウントダウンだから感極まるわな。

6日の全日本選抜体重別で優勝し、北京五輪出場へわずかな望みをつないだ柔道男子100キロ超級の井上康生(29)=綜合警備保障=が7日、福岡市内で会見し、同級の最終選考会の全日本選手権(29日・日本武道館)に向けた抱負を語った。余計なプレッシャーを回避するため「北京」という言葉を"タブー"にし、奇跡の逆転代表入りが懸かる戦いに100%集中する。

涙の優勝から一夜明けた井上。前夜は身内で祝勝会を行い「おいしいお酒を飲みました。2、3時間しか寝ていない」と眠い目をこすった。それでも「うれしい気持ちですね」と優勝の余韻に浸るご機嫌モードだった。

しかし、質問が北京五輪出場の可能性に及ぶと「それはまあ...とりあえず全日本(選手権)をがんばります」と一転して表情を曇らせた。今回の優勝で北京五輪へかすかな希望をつないだが「余計なプレッシャーはかけたくない」と五輪に対しての言及は避けた。

29日までの約3週間、康生の周囲では「北京」の2文字が禁句になる。ここまでの苦境に立たされたのも過度な重圧が一因だったからだ。父・明さん(61)は「北京、北京と言い続けたことで自分を苦しめる形になった」と話す。父は、6日の試合後も報道陣に対し「限りなくゼロに近いという状況に変わりないことを認識してほしい」とクギを刺し雑音を封印。1月に結婚した亜希夫人(25)を含め井上家では「北京」に関する発言を禁止し、井上への重圧を回避しようと必死だ。

今は「強い思い入れがある」という全日本選手権に集中するのみ。29歳の井上は最近涙もろくなったといい、前日の優勝後に号泣し「泣き過ぎ」という内容のメールが殺到した。「自信と開き直りを持って戦いたい」。再び歓喜の涙を流した時、五輪への扉が開くかもしれない。奇跡の大逆転が実現するその時まで「北京」とは口にしない。

◆野村落選「残念」 ○...井上は過去の五輪をともに戦い、尊敬しているという野村の代表落選について「五輪4連覇という偉業もあったし、残念に思う」。引退も取りざたされるが「本人の口から出ているのかわからない」と前置きした上で「すばらしい柔道家。これからも柔道界のためにやられると思う」と期待した。自身はまだ五輪行きの可能性が残っており、先輩の分まで最後まであきらめずに戦う。

◆谷の会見中止 ○...決勝で敗れながらも5大会連続の五輪出場を決めた女子48キロ級・谷亮子(32)=トヨタ自動車=は、敗戦したため予定していた会見をキャンセル。それでも6日の試合後に所属のトヨタ自動車関係者らと慰労会を行った。参加者によれば「明るい様子だったのですでに気持ちを切り替えたようだった」。敗戦を糧に最大の目標である「ママでも金」に挑む。

康生「北京」厳禁...奇跡の逆転代表までNGワードウェブ魚拓)2008年4月8日

次の日記者会見しました。
ニッコニコしてますな。

2008年4月29日の全日本選手権を心して待たなければなるまい。

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