井上康生の引退会見 | 男に女に内股の一本勝ち 井上康生
2000年シドニー五輪柔道の金メダリストで、北京五輪代表を逃した井上康生(29)が2日、所属する東京都港区の綜合警備保障本社で記者会見し、引退を表明した。
井上は「わが柔道人生に悔いはなしという気持ち。柔道家として、井上康生として皆さんに愛され、友人、家族らに支えられて本当に幸せ者だったと思う」と話した。
井上は1996年、17歳で全日本選手権に初出場し、シドニーでは100キロ級で金メダルを獲得。01年から全日本選手権を3連覇。世界選手権も1999年からV3で、日本柔道界のエースとして活躍した。04年のアテネ五輪で敗れたことをきっかけに、100キロ超級に転向。05年1月の右胸の大けがからは再起したが苦戦が続き、4月29日の全日本選手権では準々決勝で敗れ、3大会連続五輪出場はならなかった。
「わが柔道人生に悔いなし」井上康生、正式に引退表明 (1/5ページ)(ウェブ魚拓)2008年5月2日
会見のやり取りは以下の通り
−引退を決意した理由は
井上康生「今年の北京五輪を柔道人生の最後にすると決めていた。最終選考会で敗れ、柔道人生に悔いははなかったので、これで辞めようと思った」−一番心に残る試合は
「最初に全日本選手権で優勝したとき、世界王者に初めてなったとき、そしてやはり五輪は夢だったのでシドニーで優勝したとき。この3つです」−最後の試合で敗れた瞬間に浮かんだもの
「終わったな、悔いはないな、という気持ち。畳を降りるとき、いろんな人にありがとうございますという気持ちで礼をした」−お父さんに引退を伝えたときの反応は
「父と一緒に最後の戦いをやってきた。父もぼくの気持ちを分かっていた。『井上康生として、わが息子として、精いっぱいやってくれた、ありがとう』といってくれた」−くじそうになったことは
「昨年9月の世界選手権で負けた後、自分自身を見失いそうになった。あきらめていいいんじゃないかとも思ったが、声援など、いろいろな方たちに支えられて、最後の最後まであきらめずに戦えた」
「わが柔道人生に悔いなし」井上康生、正式に引退表明 (2/5ページ)(ウェブ魚拓)2008年5月2日
−25年間の柔道人生はどうようなものだったか
「父にあこがれ柔道を始め、柔道にすべてを懸けた。長いようであっという間。アテネがおわってつらいことや苦しいこともあったが、柔道人生に本当に悔いはない」−勝ちに徹する柔道はしなかった?
「勝負の世界、勝たなければと迷ったときもあった。でも、最終的に自分の柔道は攻めの柔道、一本を取りに行く柔道。最後までその柔道を貫き通したのはよかったと思ってる」−理想の指導者像は
「これから入っていく領域なので、まだまだ分からないところがあるが、指導者としても人間としても山下先生を目標にしたい。現役のときも先生に一歩でも近づけるように努力した」−(同席した山下泰裕・東海大柔道部部長に)井上にどんな指導者になってほしいか
山下「康生は今年の末か来年のはじめかに欧州に2年間、語学と柔道の勉強で海外研修に行く予定。将来の日本柔道を背負う指導者になってほしい。私も理事戦で敗れたりもしたが、いろんな意味で世界に通用する指導者になってほしい。性格の優しい康生らしい指導者になってほしい」
「わが柔道人生に悔いなし」井上康生、正式に引退表明 (3/5ページ)(ウェブ魚拓)2008年5月2日
−(代表の)石井慧選手におくる言葉は
「彼の柔道にたいするひたむきさはすごい。世界一の心をもっていると思うぐらい貪欲(どんよく)でひたむき。北京でも金メダルを目指して頑張ってほしい」−今やってみたいこと
「まずはゆっくりしたい。1月に結婚して、妻がずっと支えてくれた。妻がやりたいことにのんびりと横についていきたい。そしてまた目標をかなえられるよう頑張りたい」−亡くなったお母さんやお兄さんは
「母や兄には本当に支えられた。目に見えない力で成長させてもらえた。帰って、精いっぱいやりましたと報告して、『ご苦労さん』という声が聞こえた気がした」−井上康生という柔道選手について
山下「1つの時代が終わった、という気持ち。技の美しさなど、こういう芸術的な選手はこれからも出てくるのは難しい。康生は人間としても精神を磨き高めてきた選手。アテネの前までは華々しい人生だったが、いろんな挫折を経験した人。それに逃げずに戦った精神をこれからも生かしてほしい」
「わが柔道人生に悔いなし」井上康生、正式に引退表明 (4/5ページ)(ウェブ魚拓)2008年5月2日
−柔道人生の中で信念や規則はあったか
「これまでもこれかも、最後まで柔道を愛するという心」
山下「自分じゃいいにくいと思うが、柔道家であるまえに一人の人間であるということを非常に大事にしてきたと思う」−指導者としての目標は
「具体的に金メダリスト何人(を育てる)というのは分からないが、1人でも多く育てたい。また、そういう情熱を持って選手を育てたい」
「わが柔道人生に悔いなし」井上康生、正式に引退表明 (5/5ページ)(ウェブ魚拓)2008年5月2日
産経新聞の一問一答は結構要約されていたんですね。
信じてたのに。
sports naviが結構詳しく掲載されていたので、貼り直し。
柔道・シドニー五輪男子100キロ級金メダリストの井上康生が2日、所属する東京・ALSOK綜合警備保障本社で引退会見を開いた。
井上は会見冒頭でまず「柔道人生に悔いなしという気持ちです」と語ると、これからの人生で大きな3つの目標として「これまで同様、みなさんに愛される井上康生でありたい」「家族を幸せにすること」「柔道に恩返しをし、社会に貢献できる人間になりたい」と語った。
今後は指導者を目指し、今年末か来年初めから2年間、柔道指導と語学研修のため欧州へ留学。「強さはもちろん、人間的にも素晴らしい、みなさんに愛される柔道家を育てたい」と抱負を語った。
また、「日本の柔道がどのようにしたら強くなるか考えていきたい」「(指導する)全ての選手に金メダルを取らせてあげたい。何人の選手に取らせる、ということは分かりませんが、1人でも多くの選手が取れるよう、そういう情熱を注いでいきたい。1人でも2人でも100人でも(金メダリストを)作っていきたいです」とも語り、自身の後継者となるべき人材の育成を誓っていた。
会見には井上の恩師であり「現役時代はもちろん、指導者としても一歩でも近づきたい」と語り目標とする山下泰裕・東海大学柔道部部長も出席した。
山下氏は「一つの時代が終わったという感じ。偉大な柔道家であったのはもちろん、技が芸術的に美しかった。あれだけの美しい技を見せてくれる選手は出てこないのでは。お父さんと作り上げた芸術品だと思う。人間的にも我を張ったりすることがなく、"人間って素晴らしいな"と思うことが度々あった。アテネ後、挫折から逃げず立ち上がった経験を指導者として生かしてほしい」と井上をねぎらい、今後を激励。井上は山下氏の言葉に胸に来るものがあったか、上を向き涙をこらえる場面もあった。
けが、結婚、そして引退...現役最終試合は6月8日
日本柔道界のエースとして活躍してきた井上は、2000年シドニー五輪男子100キロ級で金メダルを獲得。しかし、連覇を期待された04年アテネ五輪で敗退後、05年には右大胸筋腱断裂の大けがを負い、長期休養を余儀なくされた。翌年の講道館杯で復活優勝。07年のフランス国際柔道でも100キロ超級で優勝したが、けがの影響からか全盛期の強さをなかなか取り戻せず、その後は苦戦が続いた。
3大会連続の五輪出場を目指した今年、かねて交際を続けていたタレントの東原亜希さんと結婚。4月6日の全日本選抜柔道体重別選手権大会(100キロ超級)で、選考レースをリードするライバルの棟田康幸らを下し優勝した。そして逆転での北京出場をかけ最終選考会となる29日の全日本選手権に臨んだが、準々決勝で敗退し、試合後に現役を引退する意向を語っていた。
井上は、6月8日に開催される全日本実業柔道団体対抗大会(神奈川・横浜文化体育館)にALSOKのメンバーとして参加。これが現役最後の試合となる。
井上康生が引退会見「柔道人生に悔いなしです」=柔道(1/2)(ウェブ魚拓)2008年5月2日
会見での一問一答
井上 本日をもって第一線を退く決意を致しましたので、報告させて頂きます。5歳から柔道を始めて25年、柔道に全ての情熱を捧げてきました。我が柔道人生に悔いなしという気持ちです。柔道家として井上康生としてみなさんに愛され、友人、家族、ファンの皆さんに支えられて幸せ者だったと思います。
今後は3つのことをやりたいと思っています。1つはこれまで同様、みなさんに愛される井上康生であり続けること。2つ目は今年1月に結婚した妻、これから増えていけば嬉しいのですが、家族を幸せにすること。3つ目は井上康生があるのは柔道のお陰だと思うので、柔道に恩返しをして、社会に貢献できる人間になっていきたい。この3つを大きな目標としています。
----引退を決意したのはいつだったのですか?
井上 去年から今年を最後にすると決めていましたし、大きな目標にしていた北京五輪の最終選考で敗れてしまったので、柔道人生に悔いはなかったし、潔くここで辞めようと決めました。
----指導はどこでされていくのですか?
井上 これからいろいろ勉強したり、指導者になるためのものを身につけ、日々成長していきたいと思います。高校時代から15年間お世話になった東海大学で指導をしていきたい。大学卒業後、綜合警備(保障)にもお世話になり柔道部も強化しているので、その面でもお助けできたら。将来的には、日本の柔道がどのようにしたら強くなるかも考えていきたい。
----25年間を振り返っていかがですか?
井上 父に憧れて柔道を始めて、精一杯、柔道に全てを懸けて生きてきました。長いようでアッという間だったような気もします。アテネ五輪が終わってからの4年間はいろいろ苦労や辛いことがありましたが、4月29日の大会であれだけの声援を頂き、目標とし憧れていた柔道が完成されたように思いました。柔道人生に悔いはないですし、今後も輝けるようになっていきたい。
----お父さんの反応と心に残っている試合は?
井上 ずっと父とやってきたので、父自身も最後というのを感じることができていたようです。「25年間よく頑張った。息子としてよくやってくれた。ありがとう」と伝えてくれました。
心に残っている試合は何個かありまして、全日本(選手権)で初優勝した時、決勝で篠原さんと試合。前年に母を亡くして世界(選手権)で初めて優勝した時。オリンピックで優勝した時。3つが大きなものとして残っています。
----結果の出ないなかで井上さんの一本を取りにいく柔道ではなく、負けない柔道にしようと思ったことはありませんでしたか?
井上 勝負の世界であり勝たなければいけないので、迷った時もありました。でも、最終的に自分の柔道は攻めて一本を取る柔道なんだと思い、最後までそれを貫きました。4月29日の大会でも、それを最後まで貫き通したのがよかったと思っています。
----どんな指導者になっていきたいですか? 山下先生からもどんな指導者になってほしいかお願いします。
井上 これから指導の道に入っていくので、まだまだ分からないことがあるし、いろいろ勉強していくことがたくさんあると思っていますが、指導者としても人間的にも山下先生を目標に、現役の時のように、一歩でも近づいていきたい。
山下 (理想像は)パッとは浮かびませんが、今年末か来年初めから2年間、柔道の指導と語学研修に海外へ研修に行きます。日本柔道を担う指導者に、国際感覚を持ち、世界に通用する、世界的視野を持った指導者になってほしい。非常に優しく、純粋な心を持っているので、指導者になっても大事にしていってほしい。
井上「生涯柔道に恩返ししていきたい」
----不調な時期に心がくじけてしまいそうになったことはありませんでしたか?
井上 自分自身も"もうあきらめてもいいんじゃないか"という思いがよぎったこともありました。でもそうしてしまったら何が残るんだろうなと思いましたし、勝つことだけでなく負けることも大事にしてきたし、信念を全て捨ててしまうのはどうなのかと思い、迷いながらやってきました。でも、いろいろな人たちに支えられ、いい試合をしてないにも関わらず大きな声援を頂いて支えてくれて、最後の最後まであきらめずにやらせてもらい、幸せな柔道人生を送らせてもらったと思います。
----代表になった石井選手についてお願いします。
井上 彼がすごいのは柔道へのひたむきさ。"努力"という言葉に収まらないすごいものを持っている。世界一の心を持っているのでは。勝ちたいという執着心を持ってやっているので、それを持ち続けてやっていれば夢はかなってくれるのではと思います。北京でも金を目指して頑張ってほしい。
----これからやってみたいことは?
井上 これまでは柔道でゆっくりできなかったので、まずはゆっくりしたいです。1月に結婚をしましたので、妻を旅行に連れて行ってのんびりしたいです(笑)。
----最後の試合が終わった時に頭をよぎったことは?
井上 その時は「終わったな」と思い真っ白になりましたけど、悔いはなかったので、いろんな方々や柔道に対して「ありがとうございました」と深々と礼をして畳を下りました。
----亡くなられたお母さんやお兄さんにはなんと報告しましたか。また地元・宮崎の人たちに一言お願いします。
井上 母と兄は本当に自分を支えてくれて、目に見えない力で自分の成長を支えてくれました。「本当にありがとうございました」と伝えたら、「ご苦労さん」という言葉が僕には聞こえました。宮崎には中学までしかいなかったのに、応援してくれて本当に感謝しています。支えがなかったら勝っていくことはできなかったし、本当に感謝しています。
----手術した右肩の影響はあったのですか?
井上 手術した後は弱音はできるだけ吐きたくなかったので否定していましたけど、全てが肩のせいではないですが、うまく試合を運べなかった時期がありました。十分にトップを目指していける状況を整えて頂いたり、痛みもありましたが、いろんな方に相談に乗って頂いたり感謝しています。支援がなかったらやっていくことはできませんでした。
----山下先生から見た柔道家・井上康生は?
山下 一つの時代が終わったという感じ。偉大な柔道家であったのはもちろん、技が芸術的に美しかった。あれだけの美しい技を見せてくれる選手は出てこないのでは。お父さんと作り上げた芸術品だと思う。人間的にも我を張ったりすることがなく、"人間って素晴らしいな"と思うことが度々あった。柔道に打ち込んできた姿勢を忘れずにいてほしい。アテネの前までは活躍が華々しかったが、お母さんやお兄さんの死、ケガの挫折から逃げず立ち上がった経験を指導者として生かしてほしい。
----柔道家人生の中で何か決めていた信念はありますか?
井上 柔道が好きだ、柔道を愛しているという気持ちはこれからも貫いていきたいと思います。それだけですかね(笑)。
山下 本人は自分からは言いませんが、柔道家である前に一人間であるということをすごく大事にしていたんじゃないかと思います。チャンピオンだから特別扱いされて当たり前だ、というような考えに違和感を抱いていた選手だと思う。
井上 ありがとうございます。
----指導者としてのゴールは?
井上 まだ指導者の領域に踏み入ってないので、ゴールは全く見えてないですが、これから見えてくるだろうと思います。ただ、生涯柔道に恩返ししていきたいと思っています。一緒に人生を歩んでいくという気持ちを忘れずに最後までいたい。どんな選手を育てたいかについては、強さはもちろん人間的にも素晴らしい、みなさんから愛される選手を育てていきたい。自分自身が幸せな柔道人生を送れたので、みんなにもそういう人生を送ってもらいたい。いい指導者になって第2の人生も輝くものにしていきたい。
----金メダリストは何人くらい育てたい?
井上 (指導する)全ての選手に金メダルを取らせてあげたい。何人の選手に取らせる、ということは分かりませんが、1人でも多くの選手が取れるよう、そういう情熱を注いでいきたい。1人でも2人でも100人でも(金メダリストを)作っていきたいです。
井上康生が引退会見「柔道人生に悔いなしです」=柔道(2/2)(ウェブ魚拓)2008年5月2日
真面目〜な引退会見ですね。最後だから当たり前か。
外国勢はポイントとかで勝ちに行く柔道をしてくるから、最後の方一本を取る柔道を取り続けたことに叩かれかけたこともありましたね。
結果的には、その方が良かったですね。なんか潔い感じがするし。イメージいいし。
俺は「我が柔道視聴人生に悔いなし」と言えると思う。
だって柔道では井上康生しか見ていないから。
「我が柔道人生に悔いなし」というのは、「北斗の拳」のラオウの「我が生涯に一片の悔いなし」のもじりだと、後日「SMAP×SMAP」で言っていました。
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