なるたる 3巻 | かわいい顔してえげつない 鬼頭莫宏

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シイナとアキラを襲ったナイフの形の竜の子プッシュダガーの保持者・小森朋典の行方不明のニュースが流れます。小森の母が衰弱死か餓死をしていて、小森の世話・介助がなければ生きて行けませんでした。母の死によって小森の行方不明が発覚しました。

医者がいなければ生きてられないヤツらは生きている必要がない。
出来上がるのは健康な社会だよ。

なるたる 3巻

と小森が望む世界観を語る時、これを言うのですが、現実に言ったら叩かれるよね。
でも身内や大事な人が病気や怪我でずっと介助しなければならなくなったら、大事だから世話したい気持ちと、自分が生きて行く上の重荷となる気持ちで揺れるんだろうなぁとは思います。

理想論だと世話するのが当たり前なんだろうけど、実際の生活として現実が押し寄せてきたら、こういう思想が芽生えてしまうのも仕方ないと思います。

昔だったら産まれてこない子が今は産まれて、死ぬはずの人が生き続ける医学の進歩は本当に怖いです。これから先もっと医学が進歩して、どこまで人を世話して、世話をされて生きていくのか。それよりも結婚すらできないのに、恋人もいないのに世話してくれる人がこの先見つかるんだろうか。

この巻読んでかなり凹みました。でも考えても仕方ないこととはわかってるんですよ。考えずにはいられないだけで。

死んだ人間に花なんか必要ないよ
蹴とばされようが ゴミ箱に捨てられようが 黄金の棺に入れられようが
そんなことは死んだ人間には何の意味ももたない
花で救われたいと思っているのは残された人間だ。

なるたる 3巻

小森の家に花を供えに行ったアキラに須藤が言う言葉です。
これはそうですね。そう思います。

死ぬ前に何もしてあげられなかったから、せめて死んだ後に何かしてあげるといった自分を慰めるためだと思います。まああまり関係ない人の場合だったら単なる慰霊のために花を供えますけど。

死や死ぬ前のことを考えさせられる話でした。物語の中では大した話ではなかったんですが、要は考えるきっかけを与えてくれる話なので、この話は何回も読んでしまいます。
いくつになっても青臭い子供のままだ。どうしよう。

内容

シイナの父が入院している病院で、夏休みに訪れた島の帰りの飛行機で同乗していた男の一人・鶴丸丈夫に出会うシイナ。アキラと共に病院へ張り込み、その男を捕まえようと追いかける。着いた先にはもう一人の男・古賀のり夫もいた。

竜の子プッシュダガーの保持者小森朋典の行方不明のニュースが流れる。小森の家に花を供えに行ったアキラは小森の仲間・須藤直角と出会う。

詳しい情報

なるたる―骸なる星珠たる子 (3)
なるたる―骸なる星珠たる子 (3)

講談社 アフタヌーンKC
ISBN 4063142175
1999年7月22日

関連リンク

月刊アフタヌーン
「なるたる」が掲載されていた漫画雑誌のサイト。

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